当店では、これまでも美術館や博物館の展覧会図録、たくさん扱ってきました。

なかには建築史系の「日本の赤煉瓦展」とか民俗学系の「星の信仰展」とか「これは面白い!」というのも多いのだけれど、売ってしまえばそれっきり。

しかも一般の書籍と違って書誌データもないので、人知れず世の中から消えていってしまう。

それが、なにやら残念で、折に触れて「面白い図録」を紹介していきたいと思います。

記録に残したい、というのが目的なので、必ずしも全部が「売り物」ではありません。どうか悪しからず。
(なお、このコラムは2005年3月より当店ホームページに掲載中のものをブログに移転したものです。)

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2009年09月19日

チャンバラヒーローの隠された過去

34210.jpg国立歴史民俗博物館
「民衆文化とつくられたヒーローたち−アウトローの幕末維新史」
A4版183頁 2004



「古本屋的に」言えば、歴博の図録はどれも人気が高いのですが、これはその中でも入手が難しい一冊。

「天保水滸伝」とか国定忠治とか清水次郎長とか、さすがに最近は「聞いたこともない」という若い人も増えました。
私ぐらいが、これらの名前に親しんだ最後の世代でしょうか?

博徒や侠客と呼ばれる「幕藩体制の異端児」たちがなぜ生まれたのか。
そして幕末維新の動乱の中で果たした知られざる役割。
そのあたりを丁寧に追っていきます。

清水の次郎長の敵役として知られる「黒駒の勝蔵」が勤王の志士だったって初めて知りました。
維新に先立って倒幕の挙兵を策し、戊辰戦争では官軍に加わって戦います。しかし動乱が収まると突然、博徒時代の殺人の罪を持ち出されて処刑されてしまう。

赤報隊の相楽相三だけでなく、こんな人がいっぱいいたんでしょうね。
彼らは、やがて活動写真の時代に、チャンバラヒーローとして復活しますが、そこでは政治的な毒気はすっかり抜かれていた−というわけ。

いや、この図録は面白い。人気が高いのも肯けます。
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2009年09月12日

郷愁の東京下町

34210.jpg荒川ふるさと文化館
「消えた娯楽の殿堂−君は東京球場を知っているか!?」
A4版36頁 平12



「東京スタジアム」。
典型的な東京の下町・南千住にあったオリオンズの本拠地球場。
昭和37年に完成し、10年余りで取り壊されてしまった。

私は行ったことありませんが、下町がらみの思い出話やエッセイによく登場します。
「ALWAYS三丁目の夕日」における東京タワーのように、ノスタルジーの象徴なのでしょうね。
東京タワーと違い10年余りで消えてしまったゆえに、さらに「セピア色」の記憶の中で特別な存在になっていったのかもしれません。

この東京スタジアムについてまとめた書物は他にあるのでしょうかね?

この図録では、球場の図面・写真・チケットなどの資料とともに、建設地として南千住が選ばれた経緯から、解体までを、紙数が少ないので、綿密にとはいかないが、要領よくまとめています。

類書がないだけに貴重な一冊。
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2009年04月14日

行楽の裏に国家あり

34210.jpgパルテノン多摩歴史ミュージアム
「郊外行楽地の誕生−ハイキングと史蹟めぐりの社会史」
A4版95頁 2002



いよいよ行楽シーズン到来ですね。
その「行楽」というものが、社会の要請のなかで徐々に広まっていったものだ−ということを丁寧に説明してくれるのがこの企画展図録。

まず、明治末から大正にかけて「名所旧跡」めぐりが流行します。
その影には「郷土愛」を育成しようとする国家的意志があったこと。
そして昭和に入ると「ハイキング」。
ハイキングは、もともとボーイスカウトの用語だったようで、昭和5年頃から広まりだしたそうです。
その裏にはもちろん、ナチスなどの影響を受けて「国家総動員」に傾いていく中で、「体力増強」を目的とした「健全娯楽」を普及させようという意図があったこと。

ところで「奥多摩」という言葉は大正末年に登場した比較的新しい言葉だったって知ってました?
私、この本ではじめて知りました。
なんと「奥多摩」の「奥」は「奥の細道」の「奥」。
その誕生秘話は本書を読んでのお楽しみ。
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2009年04月07日

猫は神の使い?

34188.jpg 埼玉県立博物館
「音のかたち−日本の音を探る」
B5版64頁 平3



音をめぐる企画展の話題、以前も一度触れたことがあります。

今回の図録は「音の出るオールスター大集合」のような感じで、吹く音・振る音・弾く音・打つ音・神の音・仏の音・戦いの音・今に生きる伝統の音−という分野ごとに、縄文時代の土笛から銅鐸・鰐口などなど音の出る資料が目白押しです。

それぞれにとても興味深いのですが、その中からひとつ。
古墳時代に大陸から入った青銅製の馬具のなかに鈴のようなものがあったそうです。「権威の音」、荘厳さを演出するための道具だったようですが、これが神社の鈴となったのだそうです。そういえば、神の使いである巫女もなにか鈴のついた道具を持っていますね。

猫の首輪に鈴が付いていることがありますが、あれは単に居場所を示すためだけなんでしょうかね?犬の首輪には鈴はついていませんよね?

それぞれの資料が実際にどんな音がするのか−CDの付録でもあるといいですね。
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2009年03月31日

鹿の受難

34187.jpg 栃木県立博物館
「鹿 人とのかかわりの歴史」
B5版71頁 平元



このコラムは”動物モノ”が大好きです。
さて今回の主人公は「鹿」。
鹿に焦点を当てた企画展も珍しいのではないでしょうか。

鹿といえば、奈良東大寺が思い出されるがごとく、神の使い、聖なる存在として大切にされてきた半面、鹿骨器のように人間の生活に不可欠な「道具」としても扱われてきたわけです。
中世武士が身に付ける鹿革のズボンのようなもの=行縢(むかばき)も思い起こされます。

江戸時代には大規模な鹿狩りで千頭単位で狩られたり、作物を食い荒らすという理由で鉄砲で駆除されたりと、受難が始まります。
でも、このころはまだ、人間の住む平野部や都市の近くでも普通に見られたとか。

本当の受難は、明治以後の農地開発・都市化だったのです。
執筆の研究者は、この受難は鹿を狩ったり駆除したりという目的からではなく、「目的がなく、無意識に行われるという点で(中略)大変重大な危機」であり、この受難が「もっとも大きく、まるで明治以降の日本の発展とひきかえに進んできた」とし、「このままの状況がすすめば確実に、鹿は私達の前から姿を消すことでしょう」と訴えます。

我々が近代化と引き換えに捨てたものは山のようにたくさんありますが、鹿もその中にいたのです。
この手の刊行物としては珍しく、メッセージを感じさせる図録です。
posted by 氷川書房 at 17:13| この図録が面白い!

2009年01月31日

危機と人間

33678.jpg 龍ヶ崎市歴史民俗資料館
「幕末維新期の旗本−松平諦之助の場合」
B5版91頁 平8



世の中「百年に一度」の経済危機で大変なことになっておりますが、かつて「三百年に一度」の危機に直面した人たちがいました。

幕府瓦解という事態に、幕臣たちはいかに行動したか。
とても興味深いテーマですが、史料が少ないためか、われわれ一般向けにまとめられた本はないようです。
まあ、幕臣といっても数が多いですし、旗本株・御家人株の売買が横行し、江戸という消費都市に長年暮らして都市的価値観に馴染んできた人たちですから、幕府への帰属意識や忠誠心も人さまざまで、地方の藩のように一枚岩で語ることはできないのでしょう。
樋口一葉のお父さんのように、御家人株を買って幕臣になったと思ったら、ほどなく幕府がなくなってしまった−なんて人もいます。

この松平諦之助という人は、三千石の旗本の次男坊。
西洋式陸軍の士官などを勤めますが29歳で維新となります。
いったん豊後にある知行地に移住しますが、ほどなく東京に戻り、最後は龍ヶ崎市内のある名主の家に婿入りします。
だから龍ヶ崎でこの展覧会が開かれたわけですが、詳しいことはよくわからないようで、ちょっと残念です。
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2009年01月24日

広告の裏

32649.jpg 神奈川県立金沢文庫
「紙背文書の世界」
B5版63頁 平6



紙背文書とは何か。
この図録ではこう解説しています。
「押入れにいれたままの箱に、子供たちの落書きの絵があり、その裏に広告が印刷されていたとしよう」
ありますね、こういう状況。
こういう例えを出してもらうと、「紙背文書」の意味がすぐわかる。
こうした場合、たいがいは広告の方に見入ってしまう。
「へえー、こんなのがこんな値段だったんだねえ。
このモデルさん、×××だよね。若いねえ・・」
という具合である。

むかしは紙が貴重品だったから、手紙などの裏を再利用する。
お寺では写経に使う。
金沢文庫の紙背文書は、おおくは称名寺で再利用されたもの。
国立歴史民俗博物館に行くと東大寺で再利用された紙背文書のホンモノを見ることができる。
いまになってみれば、お経はあんまり大事でなくて、裏の広告の方が大事なわけだ。

さらに面白いのは、再利用しようとする紙が皺だらけになっている場合。
皺をのばすため、何枚も重ねて霧吹きをする。そして上から重しをしておく。
そのため、上下の手紙の文面も移ってしまうことがある。
一枚で三度おいしいわけだ。

というわけで、こんな話が満載の面白い図録です。


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2008年10月04日

江戸のなりたち

32128.jpg 江戸東京博物館
「参勤交代−巨大都市江戸のなりたち」
A4版170頁 1997



「巨大都市江戸のなりたち」という副題がすべてを物語っています。
まさしく、参勤交代なくして江戸はなかった。
たくさんの江戸屋敷、地方から上京する大勢の勤番侍、その落とす金がなければ巨大消費都市「江戸」は存在しなかったのですから。
浮世絵も戯作文学も歌舞伎も参勤交代がつくったと言ってよい。

その参勤交代にまつわるすべてを良く整理して教えてくれる図録です。
そもそも参勤交代とは何なのか−から始まって、大名行列の実態や費用、勤番侍の江戸生活、大名屋敷の生活が豊富な資料で紹介されています。

参勤交代とは直接関係ないのですが、収録されているベアト撮影のの愛宕山からのパノラマ写真に残された江戸の町!
まあ一度、現代のゴチャゴチャと汚い東京と比べてください。
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2008年09月27日

髪は世に連れ

32139.jpg 大阪人権博物館
「髪の身分史」
A4版90頁 1999



題名からして面白そうでしょう?
大坂人権博物館の図録は、どれもテーマは面白いのですが、内容がいささか専門的で難しいのがチョットね・・・
いや、生意気なことを申しました。

とはいえ、面白いエピソードが目白押しです。

たとえば
外出中に烏帽子を忘れたことに気付き、顔面蒼白で家に駆け戻る中世武士。
髪を露出することがそれほどまでに恥ずかしかったのですね。

また、江戸時代には月代を剃らない頭は、囚人や被差別民を連想させる負のイメージであったこと。
たしかに謹慎の罰を受けた武士は月代を伸ばし放題にしています。
また、時代劇に出てくる落ちぶれ浪人も月代が伸びているのがお決まりのスタイルです。
でも、幕末には月代を剃らない髪形が多いですよね。
坂本龍馬の写真、近藤勇の写真−みな総髪(というのかな?)です。
時代とともに、月代は「旧弊」のイメージに変わっていったのか?
あるいは外国人の手前、「恥ずかしい」という感情が生じてきたのか?

とにかく面白いテーマですよ!




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2008年09月20日

弥生のイヌふたたび

32035.jpg 大阪府立弥生文化博物館
「卑弥呼の動物ランド−よみがえった弥生犬」
A4版107頁 1996



だいぶ以前になりますが、このブログの「縄文人と鳥」という項で、縄文時代には狩猟の友として大事にされていたイヌが、弥生時代には食用とされたことを紹介し、「かわいそう」「気持ち悪い」と弥生人を非難いたしました。

が、私が間違っていたことがこの図録により判明いたしました。
これは弥生時代の動物事情を紹介した非常に興味深い図録です。
ここでは、1980年に大坂・亀井遺跡から出土した牝イヌの完全骨格から、その姿を復元しています。
現在の四国犬にそっくりというそのイヌをはじめ、弥生時代にも丁重に葬られたイヌの出土例はあるそうです。

もちろん縄文遺跡からは埋葬されたイヌが200例以上出土しているのに対し、数は少ないようですから、食用にされたイヌもたくさんいた事実に変わりはありませんけれど・・・

それにしても、弥生人の皆様には、私の発言に配慮に欠ける部分もございましたことを深くお詫び申し上げます。
posted by 氷川書房 at 12:00| この図録が面白い!
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