当店では、これまでも美術館や博物館の展覧会図録、たくさん扱ってきました。

なかには建築史系の「日本の赤煉瓦展」とか民俗学系の「星の信仰展」とか「これは面白い!」というのも多いのだけれど、売ってしまえばそれっきり。

しかも一般の書籍と違って書誌データもないので、人知れず世の中から消えていってしまう。

それが、なにやら残念で、折に触れて「面白い図録」を紹介していきたいと思います。

記録に残したい、というのが目的なので、必ずしも全部が「売り物」ではありません。どうか悪しからず。
(なお、このコラムは2005年3月より当店ホームページに掲載中のものをブログに移転したものです。)

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2008年09月13日

永井荷風の株取引

31948.jpg 江戸東京博物館
「永井荷風と東京」
A4版219頁 1999



前回ちょっと話題に上がった永井荷風の展覧会図録。
現在のところ、これが決定版というべきでしょう。
やっぱりと言うべきか−この図録はなかなか手に入りません。
荷風ファンは多いですからね。

荷風は、その生涯や作品の書誌のみならず、「断腸亭日乗」に綴られた社会批評、さらには行きつけの飲食店で何を食べ、何を着ていたかまで、細部にわたって紹介され尽くした感があります。
それは「元祖散歩者」「高等遊民」さらには「エロじじい」、さまざまに呼ばれるその生き方が、80年代後半あたりから現在にいたる社会思潮にマッチしたからなのでしょう。
社会が荷風に追いついた−というべきか。

ですから、この図録も良くまとまった「集大成」という感じです。

私は、前回も少し触れましたが、荷風が資産家であったことは、その文学の非常に重要な要素だと思うのですが、この図録には几帳面な文字で書かれた「株式取引台帳」の写真が載っています。
どんな銘柄を買っていたのかな。
「麦酒」というのはアサヒですか?
「三井化学」。「日粉」は日清製粉ですか?
まあ、そんなこと知っても仕方ないですが。
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2008年06月22日

戦争と美術

31098.jpg 姫路市立美術館
「美術と戦争」
A4版103頁 2002



先日、桜本富雄著「日本文学報国会−大東亜戦争下の文学者たち」という本を読みました。
文学者の戦争協力を徹底的に調べた力作で、かなり厳しい調子でその戦争責任を追及していきます。
まったく戦争に協力しなかったのは永井荷風くらい−とのこと。
荷風は資産家だから、戦争中まったく執筆活動をしなくとも食べていけたからなあ。食べていくためにある程度時流に乗るのはやむえないのではないか−と甘っちょろく思うのは、私が戦争を知らない世代だからでしょうか?

戦争、とりわけ20世紀の「総力戦」と芸術家の関わりは、つい最近まで当事者たちが存命だったこともあり、これから客観的な研究が進んでいく分野なのでしょう。
この「美術と戦争」展は、このテーマを扱った数少ない展覧会のひとつだと思う。
まあ、内容は日露戦争から浜田知明「初年兵哀歌」まで、かなりかいつまんで要領よくまとめた感じですが、巻末の資料「1935年−45年の美術界概観」と「関連年表」は基礎資料として貴重です。




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2008年03月22日

いかさま今昔

28985.jpg 広島県立歴史博物館
「遊・戯・宴−中世生活文化のひとこま展」
A4版101頁 平5



前回は中世の寺院を取り上げましたが、今回は中世の「遊び」です。
こちらもなかなか珍しいテーマで、「中世の人も遊んだの?」なんて思ってしまいますが、
「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれん」
でおなじみの梁塵秘抄は中世ですから、中世こそ遊びの本場(!)かも知れません。
連歌や聞香など上流階級の「上品な」遊びから、子供の鞠つき・独楽・羽子板、大人の双六・将棋、そして相撲のような芸能・宗教的な楽しみまで、「遊び」の世界をひととおりわかりやすく紹介してあります。
しかし、いかさま賭博用の細工したサイコロなんて、この時代からあったんだなあ・・。
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2008年03月15日

温泉宿のはじめ

29408.jpg国立歴史民俗博物館
「中世寺院の姿とくらし展−密教・禅僧・湯屋」
A4版142頁 2002



中世寺院という、なんとも地味なテーマの展覧会です。
中世寺院を全体的に俯瞰する企画展は、恐らく、これが唯一の例ではないでしょうか。
内容もなかなかに専門的で難しいのですが、「寺院とくらし」と題して僧侶のくらしや村(荘園)のくらしのなかにおける寺院の役割などを追った一節は、私などにもわかりやすい。
特に、副題にもなっている「湯屋」。
言うまでもなく僧侶たちの入浴施設で、「身を清める」場所なわけです。
同時に、「湯」は病を治し心を癒すものであり、一般の人にも施してあげよう−というわけで(湯施行)、外部の人にも開放される例が出てきます。
やがて宿坊のようなものと一体化し、料理が出される事例もある。

なんだ、これは温泉宿じゃないか。
湯治の原型が中世寺院にあったと知ると、なにやら親しみも湧いてまいります。
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2008年03月08日

ホントの一揆

27776.JPG国立歴史民俗博物館
「地鳴り 山鳴り−民衆のたたかい三〇〇年展」
A4版127頁 平12



歴史好きの方なら「夢の浮橋騒動」、ご存知だと思います。
いわゆる三方領地替え、庄内藩・川越藩・長岡藩にお国替えの内示が出る。それを知った、主に庄内藩の農民が転封反対の大一揆を起こし、ついに国替えは沙汰止みとなる一大事件。
江戸幕府の崩壊はここから始まったとみる向きもあります。
そして、一揆関係者が事件の顛末を記録した絵巻「夢の浮橋」、これがこの展覧会のメインです。

この絵巻を見ると、農民一揆といっても、飢えた貧農が筵旗押し立てて・・・という時代劇でおなじみの一揆のイメージが変わってしまいます。
絵巻の多くの場面は、密談また密談。羽織を着た決して貧しそうには見えない中年男たちが座敷で額を寄せ合ってなにやらヒソヒソと話しているのです。
これは一揆というよりも、「料亭政治」とか「ロビー活動」なんて言葉がちょうどしっくりくる感じ。
江戸も末期になると「一揆」はある種のデモンストレーション、政治の一形式のようになってくるのかもしれません。
題名からはちょっとわからないが、中身はとっても面白い図録です。
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2008年03月01日

もうひとつの日本史をたどる

28846.jpg福岡市博物館
チャイナタウン展−もうひとつの日本史
A4版160頁 平15



横浜の中華街は、いつもすごい人出ですね。
なにがあんなに人を惹きつけるのでしょう。
そんなことを考える時に是非読みたい図録。
具体的には博多、那覇、長崎、横浜、神戸が取り上げられます。
鎖国時代、長崎オランダ商館ばかりが注目されがちですが、チャイナタウンこと唐人屋敷には最盛期五千人の中国人が暮らしていたそうです。
やはり日本の歴史のなかで「海の向こう」といえば中国だったのです。チャイナタウンの歴史をめぐることは、まさに「もうひとつの日本史」をたどることにもなるわけです。

なお、横浜中華街については
横浜開港資料館
「横浜中華街−開港から震災まで」
A4版60頁 平6

もあります。
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2008年02月23日

裏を読む

29418.jpg国立歴史民俗博物館
異界万華鏡展−あの世・妖怪・占い
A4版207頁 2001



前回とりあげた安倍晴明、こちらの図録にも出てきます。
こちらは「不思議な力」とともに日本人にとっての「あの世」に焦点を当てた展覧会。民俗学の視点から日本文化における不思議な「異界」の全貌を見渡そうという展覧会です。
歴博の図録を取り上げるたびに書いているフレーズですが、
豊富な資料を駆使して、大変要領よくまとめられています。

「占い」は「占(裏)を読む」こと、「表の世界」に対する「裏の世界」にわけいっていく行為だとか。
「辻占」の辻は交差点、異界と人間界との境界なのだそうです。
「裏の世界」とは、あるときは異界であり、あるときは未来であり、あるときはモノやヒトの本質なのかもしれません。
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2008年02月16日

不思議な力を持つ人たち

28843.jpg大坂人権博物館
「安倍晴明の虚像と実像展−語られた歴史・由緒と被差別民」
A4版82頁 2003



これまた面白そうなテーマです。
中世から現代にいたるまで「不思議な力」の象徴として扱われてきた安倍晴明。
いったいなぜ安倍晴明が伝説化されていったのか−を探っていく展覧会です。
答えを言ってしまうと、晴明像をつくりあげていったのは、民間の陰陽師たち。
「宮廷に遣えて様ざまな儀礼や儀式に関与したり暦をつくったりする陰陽師以外にも、民間で庶民の求めに応じて吉凶占いや祓いなどを生業とする陰陽師がいた」とのこと。
不思議な力を持つ人たちは、怖れの対象でもあり、差別の標的でもあった−という人間性の本質に関わるテーマがここにも出てまいります。
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2008年02月09日

支配のカタチ

29638.jpg大坂人権博物館
「高札展−支配と自治の最前線」
A4版98頁 1998



高札の展覧会は珍しいですね。
同館の朝治武氏も
「これまで博物館で特別展としてはテーマとならなかった」
と述べておられます。
初めて−ということですね。

内容は、けっこう専門的なのですが、私には以下のくだりが一番印象に残りました。
高札とは
「高札を掲示するということ自体、また高札場が幕府の威光を象徴するために絢爛豪華であることなどが重視されてきた」
なるほど。
たしかに掲示される高札の内容は江戸期を通じて大体決まっていたようで、あらためて読む人などいなかったかもしれません。
読ますための高札でなく、高々と掲示することに意味がある−というわけです。
そして、「高札は多大の経費を必要とした」ようです。
経費は支配側と町・村などが分担して負担したようですが、これも意外な事実でした。
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2008年02月05日

合戦の主役

28386.jpg馬の博物館
「戦国騎馬残照展」
B5版62頁 昭63




なんだか小説のタイトルのようですね。
合戦といえば馬なくして成り立ちません。
日本史のなかで最も重要な動物、なかんずく戦国時代では、時代の主役といっても良いかも知れません。
そのわりには、一般向けの参考書は少ないのです。
「むかしのサムライの乗ってた馬はいまのサラブレッドよりはずっと小さかったんだよ」という話はよく聞かされます。
では実際どれくらいの大きさだったのか。
この図録では数少ない中世の馬骨の発掘例から、馬高の平均値129cmという研究結果を紹介しています。
現代の基準では馬高148cm以下をポニーというそうで、「この遺跡(鎌倉・材木座:氷川注)の馬は、すべてポニーだった」そうです。

そのほか、騎馬武者は合戦では具体的にどのように戦ったのか、馬をどうやって訓練したのか−など、比較的薄い図録ですが、興味深い内容満載です。
posted by 氷川書房 at 10:05| この図録が面白い!
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