当店では、これまでも美術館や博物館の展覧会図録、たくさん扱ってきました。

なかには建築史系の「日本の赤煉瓦展」とか民俗学系の「星の信仰展」とか「これは面白い!」というのも多いのだけれど、売ってしまえばそれっきり。

しかも一般の書籍と違って書誌データもないので、人知れず世の中から消えていってしまう。

それが、なにやら残念で、折に触れて「面白い図録」を紹介していきたいと思います。

記録に残したい、というのが目的なので、必ずしも全部が「売り物」ではありません。どうか悪しからず。
(なお、このコラムは2005年3月より当店ホームページに掲載中のものをブログに移転したものです。)

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2007年02月04日

1920年代のこと

東京都美術館・愛知県美術館・兵庫県立近代美術館
「1920年代日本展」
1988 28x23cm 333頁

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これは私も見に行きました。もう20年近く経つのですね。
一つの時代を、これほど包括的に捉えた企画は、この翌年のセゾン美術館「ウィーン世紀末展」ぐらいで、他には今日にいたるまで例を知りません。
1920年代という「好材料」を絵画・音楽・建築・都市計画・写真・ジャーナリズム・広告デザイン・演劇などの切り口から見せた、本当に「面白い」展覧会でした。
なお、私、おそらくはこの展覧会のモデルとなった「ウィーン世紀末芸術−夢と現実展」(Traum und Wirklichkeit. Wien 1870-1930)を1985年にウィーンで見ております。
ウィーン世紀末を絵画や建築、デザインなど重層的な切り口で見せる大規模な展覧会で、今も忘れられません。(以上、自慢)

上記の図録にも出てきますが、1920-30年代といえば、この人。
目黒区美術館
「山名文夫展」
1998 B5版223頁

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この人は戦後も活躍しているわけですが、どうしても「1920-30年代」のイメージですね。

その点で、もっと極端なのが
東京都庭園美術館
「カッサンドル展−ポスター英雄時代の巨匠」
1991 28X23cm 138頁

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アール・デコ時代を象徴する鉄道や船のポスターは、あまりにも有名ですが、戦後は不遇で、生活にも窮し、自殺を遂げたとか。
亀倉雄策氏の解説も印象的です。

昨年は藤田嗣治の大回顧展が開かれ、盛況だったそうです。
藤田やカッサンドルは、1920-30年代のパリという「時代と場所」を体現したのかもしれません。
その意味では、この人も見落とせません。
目黒区美術館
「高野二三男展−アール・デコのパリ、モダン東京」
1997 A4版145頁

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藤田とともに、日本人では数少ない「パリでめしの喰える画家」(薩摩治郎八)の一人。
この人の作品、藤田と似ていると思うのは私だけでしょうか。
まぁ、藤田とは友達だったわけですが。
藤田と似ているというより、二人とも時代の雰囲気・嗜好をグッと掴んだ−と考えた方が良さそうです。

20-30年代ネタをもう一つ。長くなりますので、余計な註釈はここまで。
東京都庭園美術館
「ポスター芸術の革命 ロシア・アヴァンギャルド展−ステンベルク兄弟を中心に」
2001 A4版189頁

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posted by 氷川書房 at 19:18| この図録が面白い!

2007年02月03日

江戸の地下室

東京都教育委員会・朝日新聞社
「東京の遺跡展−お江戸八百八町地下探検」
平3 B5版114頁

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最近増えてきた近世考古学/江戸考古学関連の展覧会の一つです。
入手も比較的容易で、江戸考古学全体が要領よくまとまっています。
同種の図録としては、
新宿歴史博物館の「江戸のくらし−近世考古学の世界」もあります。
(現在、当店に在庫がないので画像は紹介できません)

さて、この図録を見ると、江戸の町には意外と多くの地下室があったことがわかります。
その多くは火災の時に荷物を運び込むためのものだったようです。
石材で本格的につくられた地下室もあったようです。
「江戸の地下空間」というと水道ぐらいかと思っていました。
テレビの時代劇にも時代小説にも地下室がでてくる場面は記憶にありません。
現代人の知らない「江戸の地下世界」−なんだか面白そうな響きです。

上記を江戸考古学総論の展覧会とすれば、各論では

東京大学総合研究博物館
「加賀殿再訪−東京大学本郷キャンパスの遺跡」
2000年 B5版210頁

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は、東大構内の出土資料から加賀藩邸を徹底的に分析した、これまた面白い図録です。
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2007年02月02日

町田市立博物館のこと その2

町田郷土資料館
「大工道具展」
昭49 B5版40頁

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町田市立博物館
「江戸期色絵そばちょこ展」
1982 B5版60頁

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町田市立博物館
「もめん以前のこと展−藤布・葛布・科布」
昭58 B5版36頁

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町田市立博物館
「かご・バスケッタリー−編み組みのうつわ」
1984 B5版横綴56頁

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以前紹介した町田郷土資料館・町田市立博物館のユニークなテーマの図録が、また入りましたので、御紹介します。

「大工道具展」は工業デザイナーの秋岡芳夫氏のコレクションを中心として。

このなかで特に面白いのは「もめん以前のこと」でしょうか。
「もめん以前」で思い浮かべるのは麻ですね。
柳田国男の本でも、出てくるのは麻だけだったと記憶してます。
(手間を惜しんで原典に当たっていないので、違ってたらゴメン)
ところがこの図録を見ると、いかに多彩な植物材料が着物地として使われていたかわかります。
参考資料として「鮭の皮」の着物というのもある!
もちろんアイヌですが。
火であぶったら香ばしそうです。
posted by 氷川書房 at 19:06| この図録が面白い!

石包丁のつくりかた

大田区立郷土博物館
「製作工程の考古学」
平10 B5版119頁

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「博物館における考古展示に対して、来館者から「これは、どのようにして作られているのですか?」
という質問がたいへん多く寄せられます。」

そうだろうな。
で、それに答えたのが、この図録。
「石包丁」という道具があって、ひもを通す穴が開いている。
あれは、どうやって開けているんだろうと、見るたびに疑問に思っていましたが、石製の錐と一緒に展示してくれると「なるほど!」ということになります。
面白いのは、「失敗品」の数々。
人間らしくて面白い−という以上に、失敗するところがわかれば、作り方もおのずからわかってくるわけです。
posted by 氷川書房 at 19:00| この図録が面白い!

2007年02月01日

紙芝居の来た頃

足立区立郷土博物館
「黄金バットの時代−街頭紙芝居の人々」
1991 A4版40頁

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わたしなどは、もはや紙芝居を知らない世代です。
消滅した文化の保存が博物館に課せられた使命のひとつであるならば、「紙芝居」などは恰好の材料でしょう。
が、このテーマの展覧会は、ほとんど例がないのではないでしょうか。
それは紙芝居にまつわる「モノ」の収集が難しいためでしょうが、この図録では松田春翠を取り上げたり、「最後の紙芝居屋」森下正雄氏のインタビューをしたりと、大変面白くできています。

興味深いのは「紙芝居屋の一日」として、地図上で紙芝居屋さんの移動を追ったページ。
移動の距離が、ものすごく短いのです。
「その頃は子どもも多かったし、通りをへだてたら他の子は遊びに来ない縄張りみたいなものがあったからすぐ近くでも商売になりました」−なるほど。
posted by 氷川書房 at 18:58| この図録が面白い!

2007年01月31日

日本の家に油絵が入るまで

兵庫県立近代美術館
「日本美術の十九世紀」
1990 A4版135頁

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なんとも興味を引かない題名ですが(失礼!)、作品の珍しさよりも企画の面白さ(失礼!)で読ませ、見せる図録です。

明治期に西洋絵画が日本に入ってきたものの、日本の家には絵を飾る場所がなかった!
言われてみれば、そうですね。昔の日本家屋の部屋は障子・襖と柱に取り囲まれているわけだから。
絵を飾ろうと思えば床の間しかない。しかし床の間には西洋絵画は入らない!
この問題を解決しようとする高橋由一の苦闘に一章が割かれます。
今でも、ミョーに高い位置に絵を飾っているお宅があります。絵を見上げるようにして鑑賞するわけです。
ある時、ふと気が付いたのですが、これは「扁額」の感覚が、まだわれわれの体の中に残っているからではないでしょうか。

以上のような話のほかに、「写真と絵画」「見せ物から展覧会へ」などの話題を軸にして、「今ではもう、美術館を訪れ、壁に並んだ額縁入りの油絵を眺めれば、誰もそれが美術鑑賞だと信じて疑わな」くなるまでの日本社会と美術の関わりの変化を追った、とっても面白い図録です。
posted by 氷川書房 at 18:55| この図録が面白い!

2007年01月30日

風刺はあやうい針

埼玉県立近代美術館
「ニッポンの風刺」
1993 A4版152頁

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ポンチ絵画家でもあった小林清親、本多錦吉郎、田口米作、北沢楽天、下川凹天、小野佐世男、そして「東京ポンチ」や「滑稽新聞」など、明治以降戦前までのポンチ絵、風刺漫画200点以上を集めた図録。
風刺の毒は小気味良いものですが、戦時中には総力戦の一翼を担わされるている作品を見ると、何とも言えず悲しくなってきます。
「抵抗」ではなく、「反骨」とも少し違う、斜に構えた「冷笑」の限界をそこに見るからでしょうか?

「風刺はあやうい針だ。急所をうまくつけば、のちのちまでも警鐘の範として輝くが、まとをはずせば、毒は自身の体内にめぐってくる。かつて笑いをうながした絵も、時を経てみれば、逆に失笑を買うこともある」−解説の丹尾安典氏はこう述べています。
posted by 氷川書房 at 18:52| この図録が面白い!

2007年01月29日

赤煉瓦

横浜開港資料館
「日本の赤煉瓦 1854-1923」
昭60 B5版71頁

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この図録は珍しい。なかなか手に入りません。

街角の近代建築を「赤レンガ」などと呼ぶことが多いですね。
以前、勤務先が日比谷公会堂(市政会館)の中にありました。
会社の人たちは、外部の人に道案内をするとき、「○○交差点の角の赤レンガの建物」と言っていました。
実際には、日比谷公会堂は昭和初期の建築で、耐震性に問題のある煉瓦造の時代はすでに終わり、鉄筋コンクリートにタイル貼りなのに。

古い建物はなんでも「赤レンガ」なのです。
「赤レンガ」の印象は、それほどに強烈、ということだと思います。

でも、その赤煉瓦が、誰に、どのように作られたかなど、考えたこともありませんでした。
「西洋数千年の煉瓦の歴史を、僅か五、六十年に圧縮して体験した日本」を詳説した非常に面白い企画展です。
圧巻は「赤煉瓦刻印聚覧」と題して、98種類の製造元刻印を写真付きで紹介した一章。
わが葛飾区の東京拘置所こと「小菅集治監」も煉瓦製造の一大拠点として、明治初期の西洋建築を支えたのですね。
posted by 氷川書房 at 18:49| この図録が面白い!

2007年01月28日

名物裂

五島美術館
「名物裂−渡来織物への憧れ」
2001 25X26cm 251頁

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名物裂に関する本は多いですが、そのものズバリ「名物裂」をテーマにした展覧会は、あまりないように思います。
本図録は、名物裂167点を収録したうえ、毛利家・前田家・近衛家・松平不昧公・三井家など旧蔵の「名物裂手鑑」23種、さらには「古今名物類聚」の「名物切之部」全丁の図版が載っている(もちろんすべての図版はカラー)−という「力作」です。
これだけのものを集めるとなると、所蔵者は博物館・美術館のみならず寺院や個人蔵など相当多岐にわたっています。まったくのド素人が見ても、これだけのものは、なかなか作れないだろうことは容易に想像できますデス。
posted by 氷川書房 at 18:46| この図録が面白い!

2007年01月27日

私年号のこと

足立区立郷土博物館
「平安から戦国の足立郡」
2003 A4版71頁

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題名は平凡(失礼!)ですが、「私年号」について一章を立てているのは企画展図録としては珍しいし、内容も興味深いです。
「私年号」は、朝廷が改元したわけででもないのに、どっかの誰かが勝手に新しい年号を制定してしまうことです。

なんとなしに「異次元」的というか「異世界」的な興味を引くテーマゆえか、「日本私年号の研究」なんて本の古書価はかなり高いことで知られています。
本図録によれば、私年号の中には、実在したのかどうか、また、実際に通用したかどうか疑わしいものが多いようですが、「15世紀後半以降になると関東を中心に東国から東北にわたる広範囲に通用した私年号が出現する」そうです。
やはり中世までの東国は「別世界」だったんですかね。
しかし実際には「京都で改元が行われた」と信じられて通用していた私年号もあるそうなので、いまひとつ「西国的権威」から離れられない「西国コンプレックス」も一方では強かったのか−などと考えてしまいます。

さて、実際の通用例では「弥勒」なんてのがあります。なかなか良いですね。救いのない殺伐とした事件が頻発する現代にピッタリじゃないですか?
posted by 氷川書房 at 12:32| この図録が面白い!
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